2008年01月16日

幸せの形

ある晴れたおだやかな春の日、河川敷で西岡さんは何かを探していた。
電車の通過音が陸橋の橋から橋柱に響き渡る。とても平穏な午後だった。

河川敷の一部はスポーツ使用のために、市によって整備されている。
そこはまるではげ頭のように、白いような茶色いような土が姿を見せているのだ。
西岡さんは整地された部分から100メートルほど離れた、草花の中に立っていた。
額から汗がひたたり落ちる。西岡さんはたくさんの野草の中から、四葉のある植物を探していた。

朝から必死になって探していた西岡さんだが、残念ながらなかなか見つからない。
普通の人だったら、苦笑いしてあきらめてしまうであろう。
でも、何本電車の音が鳴っても、その手を止めようとはしなかった。

夕暮れになった頃、西岡さんは、小さく萌える四葉を目に射止めた。
「あった」
優しく、その葉を持ち、家から持ってきた持ってきた和紙にくるんだ。

四葉を見つけると、幸せになれると聞いた。
だから西岡さんは必死になって、四葉を探したのだろう。

河川敷から家まで歩いてだいたい15分かかる。
夕暮れの堤防を、満足げに歩いていた。

むこうから、知り合いの川村さんがやってきた。
「西岡さん、どうしたんですか、そのかっこ。真っ黒じゃないですか」

「朝からずっと、河川敷で四葉を探していたのです。幸せになれると聞いたものですから」

川村さんはむっとした。
「あなた、今日は私たち仲間と一緒に、昼食にミネストローネをつくると約束していたじゃありませんか。あなたが来ないから、あなたぬきでつくりましたよ」
「とてもおいしかった。みな満足そうな顔をしていました。昼食後はみんなでホームシアターを見ました。ああ、楽しかったなあ」

西岡さんは少しにこりと笑いながら言いました。
「そうですか、行きたかったですねえ。ほんとうに行きたかった。でもね、それも幸せかもしれませんが、私はもっと幸せだったのです」
「最初は四葉を探すと幸せになれると思っていました。でも今は、見つけたこと自体が幸せなのです」

「でも西岡さん、あなた、どう考えてもミネストローネとサッカーの方が幸せに思えませんか。幸せを探すがあまり、ほんとうの幸せを失ったのではないですか」

西岡さんは自信を持っていいました。
「幸せは私が決めることです。私は、今幸せなのだからいいのです」

川村さんは納得できませんでした。川村さんは、みんなが幸せだと思うことこそ幸せだと思っていたのです。
ですから、ただの一人よがりか負け惜しみのように聞こえたのですね。

けして西岡さんも悔しくないわけではありませんでした。
もちろん、ちょっぴりですが、やっぱりミネストローネが食べたかったという思いはありました。
だから、家に帰ってから、西岡さんは四葉をきれいに淵のない額に入れて、壁に引っ掛けました。とてもかわいらしい様子です。
それを見ると、やっぱりこちらを選んでよかったと思えるものなのでした。

数日がたって、川村さんが西岡さんの家に上がったときのことです。
あの日の話題にのぼっていた四葉はしおしおになってくたびれていました。

「ほら、あなたの幸せはくたびれてしまいましたよ」
川村さんは意地悪に言いました。

西岡さんは苦笑いしながらこう返したのです。
「では、あなたの幸せにのミネストローネはどこにいきましたか。私には見えません」
posted by 映画委員長 at 12:58| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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