2006年11月18日

天才になりたかった

僕はなんでもかんでもできない人間ではない。それどころか、ある程度は何でも広範にこなすことができる。



ただ、僕は天才に生まれたかった。それはもうかなわないのではないか。
世の中にはたくさんの評価法がある。タマを投げるのがはやい松坂選手は努力の裏打ちもあり、日本国民全員に騒がれる存在となっている。



男前。
スタイルがいい。
頭がいい。
努力ができる。
優しい性格である。
前向きな性格である。
スポーツができる。
オシャレ。
街をよく知っている。
おもしろい。
器用。
要領がいい。
マージャンが強い。
車の運転がうまい。
人脈を多くもっている。
文章がうまい。
すばらしい音楽をつくれる。
すばらしい絵を描ける。
運がある。



俺は何をとっても、一番になれない。それどころか、目の前には何人もの人が走っている。もしもこの世の人生というやつをレースだとすると、僕は歓声をうけることなく、消えてゆくのではないか。



昔は無敵だった。なぜ無敵だったか。自分の文章が、頭のよさが、発想がすべてに通用すると思っていた。未来があった。未来があったことが、僕に自分を最高だと思わせた。



しかし今、僕は何一つ形に残せていない。何一つ人に誇れない。僕は無数の星の中で、いつかふとした瞬間にこの世から消えてゆくのだろうか。



よく自己顕示をする。自己暗示もする。でも、それだけじゃあ、むなしすぎる。目の前どころか、横に何人もが並んでくる。



僕は六年前、大阪大学に合格した。なぜ、京都大学でなかったのか。なぜ、東京大学でなかったのか。くやしくてたまらない。
僕は去年、大阪大学のロースクールに合格した。なぜ、現役で旧司法試験に合格しなかったのか。みじめでたまらない。



働いている人は勝ち。働いていない人間ははっきり言って負けだ。ただ、長い人生のレース、もちろんごぼう抜きの例はいくらでもあるだろう。ただ、今の時点だけを見れば負けだ。この世で重要な要素は金だ。金を稼いだものがえらい。金があるから、思い出も輝くし、人のことも考えてあげられる。だから、俺は負けだ。



僕はね、なんでもいい、一番になりたかった。オンリーワンなんていらない。「モリカツは個性があるね」なんて言われても、やっぱりナンバーワンの方がいい。



僕は何の才能もない。普通の人より優れている点はたくさんあるけれど、才能と呼べるものは何もない。一番はおろか、二番にも三番にもなれない。だからきっと、あっというまに僕の人生は過ぎるんだろう。



贅沢な悩みだと言われることがある。でも、僕は全然贅沢だなんて思わない。きみは10000万人の中で100位にいれれば、それで幸せなのか。プロ野球で一軍と二軍を行き来しているピッチャーはそれでいいと思っているのか。違うだろう。100番にいるなら、99番を目指すだろう。一軍のエースを目指すだろう。



僕の目の前には多くの人間の背中が見える。どれだけかきわけても、まだ地平線は見えない。僕が弁護士の試験に受かっても、仕事で成功しても、まだまだ勝負は終わらない。医者、商社、マスコミ。この三つは僕がライバルと考える職業であるが、彼らとのランク付けが残っている。



勝ちたいなあ。勝ちたかったけどなあ。自分にあれだけ暗示をかけたけどなあ。俺には才能と呼べるものは、ない。天才では、ない。勝つために、天才に生まれたかった。天才になりたかった。



足は腐り、視力は途切れ、頭に激痛が走っても、僕は人をうならせる一文を書きたかった。天才ならたやすく書ける一文を、どれだけ苦心しても書けない。



男の人に言う。みなさん、みなさんの前には無数の敵がいる。みなさんはそれでいいのか。些細な幸せを探すのか。それともやはり僕と同じように苦しむのか。みなさんの目の前に僕はいるか。それとも、みなさんの背中の後ろに僕はいるか。僕が追ってくるのは恐ろしいか、追いつけないと思っているか、それともどうでもいいか。



「こんなものでいいか」と安堵することは、僕にはわからない。
「人生は長い」ということは、ある種言い訳にすぎない。



何度も言うが、僕は天才ではない。そしてもう二度と得られない先天的なものもある。しかしぼくはあきらめないぞ。ぼくは一生、才能は得られない。そして努力もできないし運も特にないけど、ぼくは食い下がってやる。食い下がる。それが自分の勝ち方だ。



些細な幸せを探したい人はそれでいい。間違いではない、ひとつの正解。ただ、勝負したいのであれば、僕の背を見る人、僕を追ってこい。僕の前をゆく人、精一杯逃げよ。そう、男の人生とは、勝負しか存在しないものなのだよ。
posted by 映画委員長 at 01:49| 奈良 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分は仕事をしていて、この中では一番だ!と思ってやってる。でも主任ではないし施設長でもない。平だ。
なんか上手く言えないけど、今はそれが分相応、ってやつか。経験も資格も他人には劣る、たが資質は一番なのさ!若さ故今はこれで分相応。いつかみてろ、介護の世界で俺がいちばんじゃぁ!!

何となく弱気な姿勢をかんじたぞ阪神!と、越後よりあれっくでした
Posted by あれっく at 2006年11月20日 01:04
>金があるから、@思い出も輝くし、A人のことも考えてあげられる
@繋がりがよくわかりません。
A「考えてあげる」が経済的援助を意味するなら、その通りでしょう。でも、「同情してあげる」の意味なら違うと思います。優越感から来る同情なら簡単だけど(金があればこっちしかできない)、自分も不幸なのに他人の不幸を共有して一緒に悲しんであげるのは至難の業で、こっちをできた方が貴重だからです。

向上心を持ち続けることには賛成です。でも、松阪になるまで満足できない?
私なりの回答は、「みんなそれぞれ、思っていたよりすごい」ってことです。
子供の頃は巨人で25勝しようと思っていたけど、それが無理だと気付くことは、それだけ賢くなったことだと言えないでしょうか。委員長は、「それは逃げだ」と言うかも知れませんね。
Posted by 映画委員 at 2006年11月20日 02:48
私はかつて一人の天才に出会ったことがある。そいつは勉強は抜群というわけでもなく、スポーツも駄目。外見もどこか奇妙な感じ。これといってズバ抜けたものも見当たらない。だがそいつは間違いなく天才であり、天才という言葉に相応しい人物だった。そいつの名は『天才シラキ』
あー誕生日おめでとう!そしてS本もおめでとう。
Posted by バカ学 at 2006年11月20日 13:55
>あれっく
ふふふ、僕は弱気だよ。けして強者じゃないもん。一番だって考えるときもあるけど、その逆もとてもたくさん多い。
でもさ、やっぱり僕の勝ち方は「食い下がり」やね。僕ごときすぐに引き離せると思いきや、ずるずるついてくる。いつの間にかわけのわからないまま負けている。こんな魔法のような勝ち方をめざします。
勝負を投げたわけじゃないすよ!でもやっぱり俺は凡人以下です。


>映画委員
思い出をつくるためにはある程度金がいります。そりゃ、映画もみたいし、カラオケや飲みもしたい。もちろん旅行も行きたい。ぼーっとしゃべってるのも大事な思い出ですけど、それだけじゃ続かない。
やっぱり金があると他人のことを考えてあげやすいものです。お金がないのに他人を思いやるなんて、すごくできた心。ただ、そんな心は生まれにくい。生まれないがゆえに、自分がかなしくなる。そんな自分を見たくないから、お金持ちになった方がいいのです。
僕の論理では、松坂になっても、まだ納得できません。そもそも、納得なんて、過去未来世界に普遍なるNO1になったときだけでしょうか。
その思考は別におかしくないと思います。だって勝負の土俵にのぼらなかったのですから。僕が言うのは、勝負の土俵にのぼったならば、かかってこいということです。
しかしどれもこれも独断の意見が多いので、ご了承ください。映画委員さんの考えも、映画委員さんにとっての十分なる正解だと思います。


>バカ学
誕生日メッセージありがとう!私信やけどさ、ミクシーやろうぜ。
天才シラキか!そうか、天才っぽい風貌による天才という道もあったのか。そいつは盲点やった。しかし、やっぱり人にうらやまれる天才がいいなあ。天才シラキは変人としか思われない。
半そでとか、置き便とか。名字とか。
Posted by 映画委員長 at 2006年11月23日 01:38
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