2007年10月31日

スピードキング

僕の通学路に、いけすかない奴がいる。

はじめて出会ったのは、今年の夏前だった。

僕が自転車を信号待ちに止めたときのこと。
横に自転車がやってきた。

小さい自転車。
黒ぶちメガネ。
ワックスでおしゃれにきめている。
実に僕の嫌いなタイプだ。

彼はしかも信号待ちのときに僕より先に飛び出したので、僕はなんなく後ろからぬいた。
するとなぜか彼は僕に競ってくる。
コーナーなどで差をつめてくるが、やはり僕のでかい自転車にはかなわない。
彼は一生懸命こいでいたが、結局途中でちぎった。

それから二ヶ月。
九月のことだ。
なんと奴が今度は大きなチャリに乗って現れた。

彼は僕のことを覚えていたのだろうか。
すぐさまバトルははじまった。

そのときの彼は強かった。
両車は猛スピードで国道を駆けていった。
負けられない。
こんな奴に負けてたまるか。とりあえず黒ぶちメガネはずせこの野郎。

だが奴は信号無視&国道を横切る という荒業を敢行。
僕は二自転車差で負けた(ゴールしたときの差が自転車二台分)。

屈辱であった。
彼の頬はにやにやと緩んでいた。

そして今日、また奴とばったり出会った。
うわー、俺の嫌いな黒のオシャレジャケットや。
脱げ、脱げ。
(僕も黒のジャケットだが、僕はいいのだ!とかく最近の若い男が着ている服には黒いジャケットが多すぎる!みんなおんなじに見える!お前らはタラコキューピーか!
何度も言うが、俺はいいのだ。黒いジャケットかっこいいしな!)

当然バトルがはじまった。
だが、僕は奴の弱点を知っていた。

奴はどう見ても筋肉がたくさんついているようには見えない。
こちとら高校のときに、一日二時間以上はチャリをこいでた。
そう、奴は脚力とスタミナがないのだ。あるのは信号無視をし、国道を横断する度胸だけなのだ。

通学路には坂道が二箇所あるのだが、そこが決定的だった。
前回のバトルでは、僕はそこを彼と同じ調子で登った。
しかし今思うに、その坂道で彼に合わせるのは愚行である。

そここそが、チャンスなのだ!

今日、一気に彼を突き放した。
坂道を僕は駆け登った。

彼の舌打ちが背後で聞こえる。

そして僕は国道に出るまでにかなりの差をつけた。

いよいよ国道だ。
奴が後ろからせまってくる。
気はぬけない。
奴の自転車は僕よりも大型かもしれない。
気をぬける相手ではない。


そのとき!後ろで音がした。


ガシャーン!


またしてもあせって国道を横断しようとした彼は、縁石でスリップして、こけた。

うぜぇ〜!

という声が聞こえた。


ククク、まだ若いな。


というわけで、目下戦績は二勝一敗である。
posted by 映画委員長 at 16:39| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

僕のまねをしなさい

はっきり言って、僕はものまねの名手である。
そりゃ、テレビを見てないから芸能人はできないが、友達や先生のマネならまかせてくれ。

中学、高校、予備校、大学、大学院…
全てのロードをものまねとともに歩んできたと言えるだろう。

しかし!
はっきり言ってこれは不満である!
誰も僕のまねをしない。

そこで、僕が使いそうな語録をしたためておくので、誰か僕のまねをするように!
…いや、ぜひしてください!


もり ごろく


・「僕が思うに…」or「私見では…」→自分から強い主張をする場合に用いる

・「確かにそうやけど…」→今から反論が出てくる前兆

・「ええやん」or「ええんちゃうか〜」→あまり人の話を聞かずに返事をしている

・「ほないくで〜」or「ほないこか〜」→上機嫌

・「これはほんまの話やねんけど…」or「ウソ、誇張ぬきで…」→非常に奇妙な話をするときに使う

・「嫌いではない」→好き

・「まいったな〜」or「まじでか〜」or「最悪や〜」→非常に困っている

・「しゃれならんな」→話の重大さを味わっている

・「仮に〜とすると」→場合わけ

・「ほな、こうしょう!」→何も打開策は思いついていない

・「ちょっと待てよ〜」→考えている

・「ハイハイハイハイ」or「オッケオッケ」or「なるほどな〜」→整理された

・「くそったれ」or「なんやねん」→立腹している

・「よっしゃきた!」→千載一遇

・「それ、おもろいな」→相手がおもろい話をしてきたときの返事

・「おおきにありがとう」→感謝

・「殴るんやったら今やで」→謝罪の深い念をあらわす

・「じゃあこうしよう…」→アイデアが出てきた

・「わかった、ほな〜しよかぁ〜?」→いやいやしている

・「しもたぁ〜」→何かを忘れていた

・「100パァー…」or「テッパンで…」→絶対


などなど。

ぜひみなさん、僕のものまねをしてください。

あ、ただし似ているやつね!
posted by 映画委員長 at 13:19| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

お話しましょう

誰やっ、自習室の窓を開けるバカは!
うちの院の自習室の窓には網戸がない。
しかも自習室棟のまわりは自然に囲まれている。
蟲が入ってくるのわかるやろ!

虫の羽音って実に不快だ。
耳障り、そして耳に強く残る。
今も耳の奥で「ブーン」と聞こえる(ような気がする)。

耳につくといえば、電車の中の会話。
聞きたくなくても、聞こえちゃうんだよねえ。
先日、電車の中でどこかの大学生の女の子二人が話していた。
何がおもしろいというわけでもないが、なんとなく面白かったので紹介しよう。
AとBの会話としよう。


電車の扉、閉まりそうになるところへAが飛び込んでくる。
A、すかさず席に座り、友人のBを誘導。
Aはスーツ姿、身長が高く、肉付きがいい感じ。太っているとまではいえない。強気な感じの女の子。
Bは私服。よくありそうな大人しめの服。痩せ方。Aよりもかわいく、ひかえめな感じ。

B「(席をとることについて)すごいなあ」

A「あたりまえやん、うちこんなん見逃せへんで」

A「高校んとき電車通(「通学」の意であろう)やったしな」

B「そうなん?うち電車乗ってなかったわ。高校どこやったっけ?」

A「桜井高校やで」

B「え、どこそれ(笑)」

A「うーんとなあ」

A、1、2と数を数える。

A「奈良県で…上から6番か7番くらいのとこ」
(注、桜井高校は6番や7番ほど難しくはありません)

B「うっそ。。めっちゃすごいんやけど」

A「いや、ぜんぜんたいしたことないって。真ん中よりちょっといいくらいやで」

B「いやいや、すごすぎるやろ」

A「あんたどこなん?」

B「○○高校(覚えていない)」

A「聞いたことないわー」

B「その学区で、下から二番目くらい(笑)」

A、身をのりだす。

A「言っていい?言っていい?けっこう…やな(笑)」

一同、笑い。

A「でも、(下から二番目の高校卒業生には)見えへんけどなあ」

A「高校んとき、何の教科得意やった?」

B「えー、数学?」

A「まじで!あんた理系?」

B「うん、理系」

A「まじで!すごくない?」

B「わからへん(笑)」

A「あたし理科好きやったで。理科は何好きやった?」

B「何って…」

A「ほら、理科って化学と、生物と、物理があるやん(注、地学もあります)」

B「えー、わからん。そんなんやったっけ?」

A「あたし、生物やったで。生物好きやった」

A「社会は?」

B「社会って何系?理系やっけ?」

A「いやいやいやいや違いますよ〜大丈夫ですか〜文系ですよね」

B「そうなん。なんやろ、社会って何したっけ」

A「ほら、自分日本史とか好きそうやん」

B「日本史とか無理無理!てか日本史って何習うん?」

A「ほら、あれやん、戦国時代とかやん。武将がおって〜とかやらんかった?」

B「ああ、あたし人の名前覚えるの苦手やねん」

A「足利の〜とか、徳川の〜とか」

B「そうそう(笑)」

一同、笑い。

B「日本史やったら世界史の方がいいわあ」

A「世界史とか意味わからんわ」

B「あたしナチス好きやねん」

A「え、まじで…なかなか過激やな。あたしも制服は好きやで!中身は嫌いやけどなあ」

B「ナチス関係のこと好きやねん」

A「アンネの日記とか?」

B「そうそう!!(笑)」

A「でも一つ言えることは、地理はないわ」

B「うん。うん。ないない」

A「あと、英語もないわ」

B「ないなー」

A「なんかdoとかdoesとかあったやん。あんなん忘れたし」

B「そんなんあったんや。そういえばあったなー」

A「あっ、もう鶴橋やん。降りるわ。明日何限から?」

B「うち三限から。じゃあおつかれー」

A「はいよー、おつかれー」

A、猛然と去る。


(了)
posted by 映画委員長 at 15:17| 奈良 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

プロフェッサーMori

今日、自習室で勉強していて、ふと共通教育棟のトイレに足を運んだ。
共通教育棟と法科大学院の自習室棟は二階の廊下でつながっているのだ。

トイレから出てきたら、前にちっちゃくてメガネをかけた女学生がいた。
おそらく見るからに学部生であろう。
不慣れな共通教育棟に、きょろきょろと戸惑いながら歩いていた。

僕を見つけた女の子は、ちょこちょこと寄って来た。
そしてこうたずねてきたのである。


「先生、文学部資料室はどこですか?」


僕はとっさに返した。
こちらから先は法科大学院棟ですから、今きみが歩いている通路沿いにあるはずです。僕は詳しくは知りません。 と。


「ありがとうございました、先生」


女の子は丁寧に頭を下げて去っていった。


おいおい…

そのときの僕のファッション

・白地に黒と赤のストライプのシャツ
・黒いパンツ
・腕時計
・ラクダ色のスニーカー
・グレーのジャケット
・ひげ防止日なので、剃っていないひげ
(注、僕はひげそり負けをするので、ひげそりは二日か三日に一度である)


プロフェッサーに見える…のか…?

そんなバカな!
あの子と同級生に見えてもおかしくないのに。。

助教授やろ、せめて助教授にしてくれ!
posted by 映画委員長 at 16:55| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月22日

嫌いな愛想良さ

愛想が良いことは、すばらしいと思う。
行き着けの中華料理屋のおっちゃんなど、まさに天使のようだ。

ただ、愛想が良い=好きになれる という図式はない。

たとえば、梅田の歩道橋の上でニコニコと話しかけてくるアンケート。
服屋で呼びもしないのに不自然な笑顔で話しかけてくる店員。

嫌いだわ、非常に嫌い!

アンケートは暇つぶし以外、絶対に答えない。
そもそもつぶす暇などないから、絶対に答えない。
ちょっと話はかわるが、ビラ配り系は実にうっとおしい。
鼻水が出ているときのティッシュ配り以外は無視だ。
邪魔だ、非常に邪魔である。
ただ、うまい奴はわかっている。
頭をドレッドにして、肌を焼いて、「何やこいつ」と思うような奴でも、うまい奴はもらい手の気持ちをわかっている。
さっとすばやく出して、もらわないと判断したらすぐさまひっこめる。
そもそももらわなさそうな相手をちゃんとわかっている。

これができない奴は、ただ通行の邪魔だ。どっかいけ。

話を戻そう。
店員が話しかけてくるケースでは、98パーセントくらいの確率で買わない。
もともと買いたかったものを買うときだけ、買う。
もしかすると、何か買いたかったのに、話しかけてきたから逆に買わずに帰ることもある。
また、75パーセントくらいの確率で店から出る。

なんかウンチクを語りだしたり、実にうざい。
見たらわかるようなことを、何か無理して思いついてしゃべっている。

ひどい奴になると、ウソ誇張をしてくる。

「昨日入って、もうこれ一着」
「サイズはこれしかもう残ってないんですよ」

さらにひどくなると、もう欲望丸出しである。
「カードでも買えますよ」
「そこでキャッシングシステムがありますから…」

話しかけたり脅したりしたら、買う奴は買うだろう。
でもさ、そんなことしても僕は買わない。
買わない客の見分けくらい、つけろよな。

こいつらの愛想はウソもんだ。
利益に結びついた、功利的愛想だ。
ほんとうの愛想は、利益をこえたところにある。

そりゃ、僕の好きな「ホテルマン」ってやつや、食べ物屋の大将なんかも利益につながる関係にあるわけだ。
それでも、みんながみんなってわけじゃないけど、利益をこえたところに愛想をもっている人がいる。
その人(=僕)が喜べばいいな〜って、心から思って接してくれる人がいる。

功利的利益は、存在そのものは当然あるべきだし、ちょっとでも度が過ぎると、それは毒にすらなる。
他人と経済的関係をもっている人は、それを忘れてはならない。

僕はバイトだけれども、相手とは一応の経済的関係だ。
その場合、僕は毒のある愛想を見せない。
あくまで僕が愛想を見せるときは、常識的な愛想と、利益をこえた部分での愛想だ。

ほんとに、利益的に必要以上に愛想を振りまく人間には辟易する。

と同時に、誰かに何かをすすめたりするというのは、非常に難しい行為だ。
勧めすぎはいけない。嫌われる。
勧めが足りなくてもいけない。もう少し勧めていれば、うまくいったかもしれないということになるかも。

ちょっこらちょいに出来るような業ではない。

しかしこれだけは言いたい。
一等地に店舗をかまえるショップの店員ですら、これのイロハもできていない。
素人同然だ。

愛想や「勧め」が非常にむつかしいものだという事実に気づき、プロの彼ら彼女らはもちろん、僕たちも丁寧に他人と接してゆきたいものだ。
posted by 映画委員長 at 18:52| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

教えてもらうこと

僕は人に教えてもらうことが嫌いだ。
ただ、得意ではある。

まず、嫌いな部分について話そう。

たとえば、こういうワンシーンを想像してくれないか。
授業中に先生にあてられたとき、なかなか答えがわからない。
すると隣に座っている友達がこっそり答えを小声で教えてくれる。

僕はこういうとき、決まって大声で「わかりません!」と言う。

たしかに、友達が小声で言ったことによって答えはわかった。
しかしそれを機械のように先生に伝えてなんになる?

その人がたいへんな善意で言ってくれたのはわかる。
ただ、僕はくやしい。
僕はその答えを先生に伝えるなんてできない。
それなら「わかりません」と言ったほうがましだ。
実際、小声を言われるまではわからなかったわけだし。

人に自分の間違いを指摘されるのは嫌だ。
ただ、例外はある。
それは、その人のレベルが自分より格段に上である場合だ。
そういう人の注意は正解の可能性が高いし、納得できる。
ただしそれでも嫌いな人間の言うことは、どんなレベルが上だろうが聞かない。
他にもかわりの人はいるはずだから。
ちなみに僕は司法試験予備校の伊藤塾の参考書は一冊も買わない。

それと、間違いを指摘される側の人の気持ちを考えて、丁寧に優しく指摘してくれる場合だ。
経験的にちゃんとこれができる人は少ない。
もともと気性の弱い人はこれがうまい。
自分が気弱だから、どうすれば相手が傷つかないか直感でわかっているからだ。
少しでも勝気のある人の指摘は非常に不愉快である。
ただ、丁寧で優しかったとしても、何らかの競争相手からの指摘は生理的に信用ならない。

ところで、僕は人に教えてもらうのは得意である。

先ほど述べた「不愉快な指摘」については実は後々意味がある。
僕は一人になってから、先ほど受けた不愉快な指摘について、考えをめぐらす。
そして自分が納得するまで自分のアラを探す。
で、改良する。

指摘が不愉快であればあるほどこの「見直し」傾向が強いと思う。
その知識や方法を知ることで、先ほどの不愉快さを見かえしてやろうと考えるからだ。

ちなみに格下からの指摘はほとんど無視する。
僕は権威主義者なのである。
ただ、権威主義者という言葉は嫌いだ。マイナスイメージでしょ?
そんなんじゃない。
医者を疑わなかったり、先生を疑わなかったり。
そういう実力に裏打ちされているはずだという擬制がある。

たとえば麻雀なんかで格下から不愉快な指摘を受けても、僕は後々に自分のアラを探そうとは思わない。
なぜなら、格下なのだから、アラを探してもないに決まっている。
探すだけ無駄だ。無視するのが一番。
(例、麻雀の店で、負けたおっさんがお前の打ち方はああだこうだと事後に文句をつけてくる)

その物事について、誰が格下かについては、直感でわかる。
自分の知らない分野であっても、なんとなくわかるもんだ。

なお、僕の親しくしている人々に、格下はいない。
このブログを読んでいるあなたが指摘することは、僕にとってためになることがほとんどだ。
無視するというのは、一見さんである場合が多い。
格下は一見にも関らず、無礼な指摘をしてくる。
(例、酔っ払いが電車内でからんで説教してくる)

うむ、ともかく目下課題は、この指摘されたときの「不機嫌さ」をいかにしてなくすかだ。
不機嫌になんかなっていると、誰も注意してくれなくなる。さみしい。
それに、自分が指摘する場合は、相手の気持ちをじゅうぶんに考えてなしたいものだ。

最後に、こういうエピソードがある。

高校時代、数学の時間、ベクトルの問題の複雑な計算中のこと。
その数学の授業の先生、僕は非常に苦手な人だった。
苦手な人の言うことは聞かない。

先生「おい、モリカツ」

僕「なんですか」(計算しながら)

先生「そのまま計算しても答えでーへんで」

僕「そうですか」(計算しながら)

先生「だからそのまま計算してもあかんって、お前なめてんのか!」

僕「なめてません」(計算しながら)

先生「お前、もう出て行けや」

僕「はい、わかりました」(荷物をまとめながら)


そしてクラスを出て行こうとしたそのとき…


先生「お、おい!ほんまに出て行くなよ!」
posted by 映画委員長 at 13:44| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

ガン

昔からドラマや映画でよくある。
ガンとの闘病生活。

僕はあれがすごく嫌いだ。

最初は元気だった人が、みるみるうちにやせ細り、不可避的に死にむかう。
そこには希望も喜びもなく、あるのは抗がん剤の副作用との戦いと、過去の思い出をただ眺めるだけの日々。
そして最後は涙のクライマックス。
イコール死だ。

バカらしい。
こういう番組を見ると、作成者は精神病ではないかと思う。

もちろん、死について考えたりすることがバカらしいとか、今だけを考えて生きようとか言っているわけではない。
僕だって死について考えるし、100年で全てが消えていくことだって事実として知っている。
死をみつめるからこそ、生ある今が輝くという逆説だってわかっている。

僕が苦手なのが、あの不可避。
そして、不可避=絶望という暗い構造。
あんなの見て今を過ごしていると、実際に死に直面したとき、暗いことしか考えられないよ。
死までも行かずとも、老いを感じたとき、苦しくて泣きそうになるよ。

気分は大半において上々でいかなきゃ、つまらん。

同じような構造のかなしみってやつがある。
今の自分の状況を過去や未来と比べてうれう心だ。

よく社会人の人は言う。
学生時代に戻りたいって。

受験生は言う。
今つらくても、受験が終われば自由だって。

僕は過去について後悔することでいっぱいだ。
たぶん、他の誰よりも後悔だらけじゃないのかしら。
さらに、うわぁしんどいな〜と思うなまけ心に関しては、僕の右に出る人はいない思う。
しかしね、そんな僕でさえ、思うのだ。
だからと言って今をないがしろにすることがどれだけおろかしいか。

なんども言うが、知っていることはおろかしくない。

僕たちはいつか死ぬだろう。
学生時代は楽しかったろう。
受験が終わればそりゃあ楽しいろう。

それ自体は、知るべきだし、感受性のよりどころともなる。
しかしその言葉を言い続けることによって、今をないがしろにするということがおろかしい。

楽しい旅をするときは、終わりを常に考えながらするのか?(個人的には終わりをも楽しめばよいと思うが)
歌っていて楽しい歌は終わりを第一において歌うのか?
そんなつらいものだったら、誰が旅したり、カラオケに行ったりするのか。

会社で働いたり、勉強したり、毎日がなんとなく過ぎたり、うまくいかないことがあったり。
それで、本当に今と瞬間が全てダメだって言えるのか。

今という瞬間に文句ばかりつけるから、いっそうつまらなくなるんだ。
仕事や勉強に文句をつけることによって、いっそうあなたたちの日々の首がしまる。

毎日、その日その瞬間を、ガムを噛むように、いいことも悪いこともゆっくりと味わってゆきたい。

さて最後に。
実はこういうことを主張するということは、僕にも、今を悪く考えるクセがあるんだ。
しかし、こう書いた以上、勉強だってバイトだって人間関係だって恋愛だって趣味だって運動だって、今この瞬間をかみしめないとな。

よっしゃ、やるぞー、明日一限の課題やるの忘れてたからやるぞー!
なにー、利益相反か、おもしろいなー!
やったら帰るぞー!電車の中で手形小切手の本を読めて楽しいな!

寒さがなんだー!
阪神の敗戦がなんだー!
ウオッカがなんだー!

やーるぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(あとがき。本文はけして悲観主義を否定するものではありません。悲観という感情は人間らしい、すばらしい感情だと思います。ただ、それは今を生きるという中にあっては、毒になる可能性が多分にあるということです。悲観の心ももちながらも、けしてそれに心を支配されないように、あなたが毎朝通勤に使う電車の車内、あっという間に過ぎてゆく一ヶ月や一年、人間関係での問題、こういうものにマイナス評価ばかりを与えて苦しまないように。著者とともに、毎日ホットに生きてゆきましょう。なお、ある漫画に情緒深いワンシーンがあります。90年生きてきたおじいさんに、いつの頃が楽しかったか聞くのです。おじいさんは「…今かな」と答えるのです。さあ、今から次の一分、次の五分、次の一時間をあなたの鮮やかな色に染めてみてください)
posted by 映画委員長 at 19:06| 奈良 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

徒然草がごとく

まずはミクシー関係のお話から。
足跡6000のキリが出ました。
みーすけさん です。
僕の後輩であるのだが、人生の経験、語学、法律などなどおそろしいキャパをもっている人物です。
さすがと言わんばかりのキリ番ゲットおめでとう!
次は6666番だよ。誰かな。

次に、僕の経営しているコミュニティですが、なかなか人数が増えません。
とりあえずトピックをつくって、人数が増えたときのためのたたき台を作成しているのですが、なかなか。
よかったら、誰か入ってくだされ。
ミクシーの僕のページのコミュニティ一覧に「なめんじゃねえ」というコミュニティがありますので。

さて、最近のニュースについて。
最近、僕の好きなものが負けっぱなしだ。
ソフトバンクはロッテに負けた。しかもロッテは一番嫌いな球団だというのに!
亀田は内藤に負けた。三兄弟、とくに次男は応援していたのに…
このままいくと、虎は竜に敗れる??
そこだけはなんとかして。。

禁煙パッチによる禁煙医療の結果、九ヵ月後に喫煙していた患者は46パーセント。
僕もちょうど禁煙九ヶ月目なので、タイムリーな話題だ。
もともと禁煙治療は100パーセントやめるというのが目標。
もちろん禁煙治療をしていない禁煙者よりは段違いに禁煙率はよい。
しかし、それでも半分近くの人がまた吸いだすのか。
わからんではない。
正直、僕は毎日10回はタバコ吸いたいと思っている。
夢の中でほぼ毎晩吸っている。
しかしこのような失敗例をみると、やっぱり吸えない。
「禁煙」という概念をもっている段階では、ほんとのノースモークではないのだと、どこぞの外国の著者は言う。
まあそれはそうなんだろうけど、やっぱりね、理想論だね、それは。
「いつでも吸って良いと思うことにする。じゃあ、後で吸おうと、後にとっておく。それって別に吸わなくてもいいということじゃない。だから無理せずやめられた」
こんな奇妙な思考ルーティンを僕はもちあわせてはいない。

次に、なかなか良いアーティストを発見した。
前々からけっこう好きだった。
いまさらかよ…ハイ、YUIです。
彼女のファーストシングルは勢いがある。
good-bye daysは非のうちどころがない。
TOKYOという曲は深い。一番好き。
彼女は一見マジョリティ(大衆うけしそう)だが、内容に嫌味がない。
どうです?おしゃれでしょ?というような一部のアーティスト独特のおしつけや独りよがりはない。
だから、YUIは現在のミュージックシーンで一番にオススメできる。

そういえばもうすぐ秋華賞だ。
なに、秋華賞を知らない?
競馬の最高級レースの一つだよ。牝馬(女、歳は人で言えば18歳くらい)三冠レースの最後の一つ。
言わば大学受験みたいなもんだな。
今年は、他の最高級レース優勝馬がなんと四頭も出場するという、史上空前の豪華メンバー。加えて、現在一番安定感があり実力もあるという噂のシルバーコレクターも参戦。
桜花賞勝ち馬 ダイワスカーレット
NHKマイルカップ勝ち馬 ピンクカメオ
シルバーコレクター ベッラレイア
オークス勝ち馬 ローブデコルテ
ダービー勝ち馬 ウオッカ
これは非常に予想が楽しみだ。
予想は後日ね。

次は学校の話題。
最近自習室の中で、しゃべっているやつらが多い。
法律論の討論は大事かもしれないが、うるさい。
「ここで〜説を書いてさ」
「〜先生はこういってるよ」
「判例あったよ、たしか」
ハイハイ、お互い自分の知識の自慢はいいから、談話室でやってくれ。
遠くでやるならいいんだが、なぜかいつも僕の隣でやりやがる(犯人は複数)。
あのヒソヒソ声が余計に目立つんだよな。
別に数分ならまだしもなあ。一時間とかしゃべってるしなあ。

最近ほしいもの。
黒のジャケット→同じようなの持ってるからためらわれるんだけどなあ、ほしいことはほしい。
カバン→なんか売り場に行ったら種類が多すぎて、買いたいものをしぼるのがめんどくさくていまだに買ってない。カバンには含蓄がなくてね。誰か選んでくれ〜
靴→まあどっちでもいいが、黒か茶色でもう一足くらいスニーカーがあれば心強いかんじ。
メガネ→ふちのメガネがほしい。はやってるからね。持ってることは持ってるんだけど、ふちのメガネは伊達だし。そもそも度入りメガネは持っているので、これも購入にあと一歩踏み出せない。
パソコン→ついに死んだ。セーフモードですら起動しない。誰か教えてくれ、どうしたらいいんだ。しかし買い換えようにも、アナタ、すぐに買えるような値段じゃないし。学校でしばらくはがまん。
マンガ→サザンアイズか、月下の棋士か、サラリーマン金太郎か、藍より青しか、がんばれ元気か、日露戦争物語か、沈黙の艦隊、じゃじゃ馬グルーミンアップあたりがほしい。新品ならブラックジャックかフジコFフジオ短編集を買おうかと思っている。
あと、買いたいものじゃないけど、エヴァンゲリオンを全て見てみたい。

バイト先で生徒の国語の成績がやや低迷。
まあしかし国語は今の時期は完成していなくて全然よい。
などと自分と生徒をなぐさめるが、もう少し厳しくいかないといけないのかなと思う日々。
しかしあまり厳しくすると、アンケートで酷評されるかも。うーん、むつかしい。

最後に。
よく電車の中で化粧をしている女の人をみるが、どんな美人でもやっぱりだめだ。
別に迷惑をかけられている訳じゃない。
粉がとんでくるとかも気にしない。
ニオイが特段するわけじゃないし、音もしない。
それに、朝に時間がなくて、それで仕方なく今しているだけかもしれない。
でもだめだ。
化粧は、言わばほんとの顔を変えるもの。
手品みたいなもんだ。
隠されるべきもんだ。
それを電車の中でするということは、言わば手品の種をあかしているようなものだ。
なんか、げんなりする。
そのあたりの美学は貫徹してほしい。
しかし、女性はそれでもキレイさにこだわろうとしているのだ。
ということは、男性は女性のキレイさを当たり前のものと思ってはいけない。
毎日そこにある、空気みたいなものと思ってはいけない。
いろいろな種を用意した、言わば心をこめて準備してくれたガーデンパーティの美しさのようなものだ。
女性は種をあかさないように。そして男性はそのキレイさをありがたく楽しむように。
posted by 映画委員長 at 22:44| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

迷子 in my blood

今夜、帰途につきながら、あともう少しで家だというときに起こったことである。
なんかやるせなくて、チャリで隣の市まで行ってやろうと思い立った。

チクショーみたいな感じでチャリをこいだ。
まあかかっても30分というところだろう。
そのとき、午後8時40分

いつも行っているツタヤを横目に、一路東へと進む。
知らない中古本屋を発見。立ち寄ることに。
この中古本屋、陳列がめちゃくちゃで、値段もアンバランスに高い。
欲しいもの(ムーンチャイルドのアルバム)もあったけど、こいつはやってられん。
なにも買わずにすぐ出発だ!
これが9時10分。

僕はその道をさらに東へと進んだ。

さて、読者のみなさんには先にネタをばらしておこう。
この道で東に行くと、とんでもないことになる。
いったん遠回りをしてもよいので、大きいバイパスに出て、その道を東に進むべきだったのだ。
ここで、現在僕が走っている間違った道をA、正解のバイパスをBとしておこう。
かかるアルファベットをよく覚えておくように。

僕はAの道をひたすらに進む。
前途洋洋とはまさにこのことである。
mp3プレイヤーからのミュージックを鼓膜に響かせながら進む。


イルミネーション 真下に見下ろし
夜を昇ってく エスカレーター
凍りついた ビルの谷間を
ヘッドライトの 河が流れる

最初に好きになったのは声
それから背中と整えられた指先
ときどき黙りがちになるクセ
どこかへ行ってしまう心とメロディー

(psy's「Angel Night 天使のいる場所」より)


いつの日か行った温泉も過ぎた。
徐々に道幅が狭くなり、建物もなくなってきた。
いつまでたっても、どうも明かりが見えそうにもない。

しかも道幅が狭くなりすぎ、後ろからくる自動車にかすりそうで怖い。
やむなく、いったん南北にずれ、一番確実に線路沿いに進むことにした。

線路沿いに進むと…だんだん家がなくなってくる。
そんなバカな。
まばらに見える家、どの家も電灯がついていない。
まるで全ての家が通夜のようだ。
そして広がる田んぼ、秋のかおり。

するととたんにどこかの駅が見えた。
「やった、めざす場所の隣の駅かな?」
しかし、大きなショック。

ダブルラブショック。

僕は近鉄線路沿いに来てたと思い込んでいたが、目に飛び込んできたのは…

JRの駅。

うそー

なんでー

やむなくJRの駅に寄り、駅員に道を聞くことにする。
駅前には族がたまっているが、大丈夫だろう。
何かあれば駅員が誰か呼んでくれるさ。

彼らの横をさすらい顔ですりぬけ、駅の入り口へ。

うわあ

無人駅

族どもの視線がこちらに注がれる。
てかやつら、シーンとしてる。

むむむ。

ファッキン


とりあえず大急ぎでチャリにまたがり、退散する。

もうどこの道か、自分がどこにいるかもわからない。
このままだと三重県に入るかもしれないとすら思えてきた。
榛原か、僕は榛原へ行くというのか。

しかたがないので、それっぽい道を走っていると…
近鉄の線路らしきものが発見された。
もうこれを近鉄と思うしかない。
まだ、目指す場所を通り過ぎてないことを祈りながらすすむしかない。

もう光がほとんどなく、チャリの明かりだよりとなった。
秋風を切り裂いて、ゆく。
そして気づいたとき。
僕は田んぼの真ん中にいた。


ここどこ?


さみしいからmp3プレイヤーをつける。


静かな森の奥を突き抜ける朝の光
不良は空を見ない 麻薬をやり続ける
想いは世界平和 静かな森の奥で
いつかはみんなが好きになる
神様はみんなの中にいて 眩しさをくれる
静かな森の奥で壁にもたれて揺れる草を
見ている少女もいつかは知ってしまう
都会を流れゆく濁った水のように
汚れた心があることを
でもそれは美しいことなのか ことなのか

(BLANKY JET CITY「不良の森」より)


まずいな、まずいな。
もうなるたけ光のある方へ、めちゃくちゃに進んだ。
少しずつ大きな道になり、そして、明かりがほとんど消えたビルが姿を現してきた。
そしてカーブを曲がったら、そこは目指す隣の市の駅だ。

その駅前にブックオフがある。
そこまできて存在に気づき、喜び勇んで入った。
そのとき、10時00分。
そして、ブックオフの閉店時間は…10時00分…
流れる終わりの音楽。
そして厭世観。

僕は泣く泣くブックオフを出た。

はっきり言って、もうチャリを1時間10分もこいでる。
疲れたよ。はあ。

帰り道も散々だった。

正しい帰り道を知らない僕は、適当に走り、村に迷い込んだ。
だーれもいない。
てかさっきからブンブンと改造変造バイクの音ばかり遠くで聞こえる。
山狩りだ。これは現代の山狩りなのだ。

そしてついに左手の方向に、たまに車で行く本屋さんが見えた!
助かった〜

本屋さんは冒頭で述べたBの道沿いにあるのだ。
そして僕はBの道を通り、ほぼ直線距離で家へと向かった。

ああ、ちょっとした大冒険だった。
最後の最後まで田んぼ道を通ってやろうか。
知っている田んぼ道へ入る。
左右に広がるプチ地平線。
よく透き通った夜空。

最後の音楽は、こうだ。


太陽の下 おぼろげなるまま
右往左往であくびして死ね
オロオロと なんにもわからず
夢よ希望と同情乞うて果てろ
AH 生まれたときから そう何をしてきた
AH 生まれたときから そうさ
奴隷天国よ
生まれたことを悔やんで つらいつらいと 一生懸命同情乞うて果てろ

(エレファントカシマシ「奴隷天国」より)


そうそう、これさ。今の気分にぴったりだぜ。

そして帰宅は10時40分。2時間くらいチャリをこいでいた換算だ。
まったくもってひどい話だ。

だが、スッキリした。どうだ、このやろう。
posted by 映画委員長 at 23:28| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。