2006年09月14日

サイコロゲームと都会びと

昨日のこと。僕は高校時代の友達と久しぶりに遊ぶことにした。親友クラスのこいつといると、ハプニングが続出するいい遊びになるってのが、いつもの相場だ。友達とは、いつもコメントをくれている「バカ学」くん。



今回僕らは「サイコロゲーム」という遊びをした。



(サイコロゲームのルール)発案、映画委員長


1、サイコロを二個用意する。
2、まず、どこかの駅に集まり、サイコロを二個振る。その合計の出目だけ、駅を移動する。
3、違う電鉄と交差する駅では、どちらの電鉄を使うかをサイコロで決める。
4、どちらの方角にむかうか、これもサイコロで決める。
5、目的地の駅に着いたら、必ず下車し、しばらくの間滞在する。
6、徒歩で移動することは自由であるが、サイコロ関係なしに電車に乗ったり、バスに乗ったりしてはいけない。



で、今回の僕たちの出発点は…「近鉄鶴橋駅」です!


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まずは鶴橋をも見ておこうということで、鶴橋で下車。バカ学が「暗黒街や、暗黒街や」と、えらいはしゃぎ様。鶴橋の商店街をぶらつき、駅に戻る。さて、いよいよサイコロゲームのスタートだ。



第一回目的地は…「JR我孫子町駅」
鶴橋から天王寺を経由して、阪和線で南へ下る。杉本町の隣にあり、大阪市立大学も近くにある。



で、我孫子町に到着。何をすることもないままぶらぶら歩く。途中のコンビニで「きなこもちアイス」を買う。これが、めちゃくちゃうまい!はまってしまった。それから教会みたいな幼稚園を見て爆笑したりしながら、一件のたこ焼き屋を見つけた。なかなかおいしそうだったので、中でたこ焼きを食べる。「しょう油からしマヨネーズ味」という小粋な食べ方をした。



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食べ終わったので、店のおばちゃんに店の前で写真を撮ってもらう。「また来てね」と、ほがらかな声が背中に響いた。



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さて、第二回目的地は…「南海粉浜駅」だ。JR我孫子町駅から徒歩二十分。南海我孫子前駅から南海高野線に乗り、岸里玉出で南海本線に入り、一駅だ。バカ学が電車の中で、写真をみるふりをして、前に座っているワンちゃんみたいなおっさんの写真を撮っていた。



「なあなあ、この写真さ…」
(おれにだけ聞こえる声で「フラッシュ消すのどうすんねん」)
「これって、あの…」



パシャ



「あっ、それでこの写真…」
森「ちゃうやん、南海高野線やってば」
「ハハハハ!あっ、南海高野線か!おう、なるほど!」



で、粉浜で降りると、そこは長い長い商店街。僕らはしょうもないことを話しながら、商店街を歩いた。「どうでっしゃろ」と背中に書いたTシャツが静かなブームを呼んでいた。ダンスを踊る外人もそのTシャツを着ていた。



僕らは粉浜の商店街をつきすすんだところ、住吉公園が右手に見えてきた。あいにくの曇りであるが、そこで数枚写真を撮った。ほいで、住吉大社にむかうことにした。



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これは有名な芭蕉の碑です。



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住吉大社では、どこが本殿なのかわからずじまいだった。とりあえず五円を入れて、お参りしておいた。



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バカ学がおもむろにおみくじ売り場に歩き出した。そのむかう先には「恋みくじ」の文字が。バカ学のちょっと前に、中年のおっさんがやっているのを見て、笑いそうになってもたやつだ。



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彼は恋みくじを引いた。一回二百円のところ、百円しか払わずに。



そして出た!大吉が!しかし彼は、「おい、これ、バチ当たるんちゃうか」としか、言ってなかった。



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庭園にかかる橋を渡った。曇りとはいえ、よい眺めだ。階段はあまりにも急。きっとシーズンの時には事故があるのではないか。僕たちは間もなく住吉大社をあとにした。



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次なる第三回目的地は「南海芦原町駅」だ。ここでわれわれはテンションが上がった。芦原町からはJRに乗れる可能性がある。キタ!JR環状線だ!岸里玉出から南海汐見橋線に乗り、汐見橋の手前まで行く。



で、行ってきました。南海芦原町。短いプラットホームに、木造のオンボロ屋根、そしてゴルフの練習に、無人の改札口。



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われわれは雨のなか、「大阪人権センター」を見学、雨も強く降ってきたのでやることもなく、次なるサイコロを振った。



第四回目的地は…出ました!「JR野田駅」。しかし、野田で恐ろしいことがおきるとは、この時点では想像していなかった。



野田に着いて、さっそくサイコロを振った。その結果、次の目的地は「阪神伝法駅」になった。しかしわれわれの「梅田行きたいぜコンチクショウ」の精神はピークに達していた。芦原橋、野田という微妙な位置がイライラしたのである。イライライラ。



そこで、ルール6にのっとり、徒歩で梅田を陥落させることにした。伝法なんて知ったこっちゃない。



われわれはまず、野田を降りるやいなや、コンビニでアイスを食べることにした。ソフトクリーム180円だ。



しかし、ソフトクリームを頼んだが、店員さんが苦い顔。
「あの、今つくれる人がいなくて…」
森「いいよいいよ、練習のつもりでつくってみな」
「いいんですか?」
森「おうよ、お客がいいって言ってるんやから、大丈夫やで」



そして目の前には生協食堂などでよく見かけるソフトクリームの機械。これならいけるんじゃないかな。僕もやったことあるし、店員さんは女の子だし。



出てきたのは、いびつなソフトクリーム。
森「ええで、ええで、おいしそうやん」
バカ学が言う。「じゃあ、僕はバニラで」
森「ええんか?店員さん、大丈夫?」
バカ学「いや、二回目やから、大丈夫やで。慣れてくるしな」



しかし出てきたのは、同じようなソフトクリーム。
僕はカメラ片手にこう言った。
森「ハハハ、これもまたええで、新しい入れ方やで、ありがとう」
店員さん「よかったらそのカメラで写真撮りましょうか?」
森「いいねえ、店員さん、ノリがいいねえ」
店員さん「あの…二人がメインになってしまうけどいいですか?
森「オケー」(てか、何をメインにする気やったんや。アイスか?自分か?)



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なーんて若い店員さんと大阪らしい会話をしながら、僕らはそのまま梅田へ向かった。



途中でゲームセンターがあった。UFOキャッチャー専門のゲーセンだ。僕らはうまい棒を取りあさっていた。すると、店員さんが出てきて、あまり取れなかった僕らを哀れんでか、コツを教えてくれた。



その後も、店内には三人しかいなかったので、各機械についておしゃべりしていた。



森「これ、取れる確率98パーセントって書いてあるけど、ほんま?」
店員さん「うーん、ほんとは80パーくらいですかね(笑)」
バカ学「ドミノいいなー、ドミノとろ。80個くらいいるな(注、三箱とれば80個のドミノが手に入るくらい)」
森「おお、お前、そのドミノのクレーン、98パーセントのやつやんけ。ほんまに98パーかどうかみたろ」
バカ学「えっ、なんかいやな予感するなー」
店員さん「2パーに入らなかったらいいですね」



そしてカチッという音とともに、ドミノが持ち上がった。おめでとー。



僕はサイコロをすくって、出目の合計がピッタリの数字になれば商品をもらえるやつを何の気なしにやってみた。すると…



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店員さん「あっ、合計11ですね!すごい」
一発でリラックマのカップをもらっちゃったよ。ラッキー。



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バカ学「お前、今日、サイコロ好きやな」
店員さん「お二人はどこからいらっしゃったんですか?」
森&バカ学「奈良です」
店員さん「あー、じゃあ一回サービスしましょう」
というわけで、最後はグミを取るやつを一回ずつサービスしてもらった。いい、サービスだ。



それからわれわれは梅田への道のりを急いだ。信長書店を過ぎ、堂島川にさしかかった前後で、お腹が空いたのでココイチでカレーを食べた。



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これぞ、モリカツ!納豆カレー。



けっこう歩いた。しかし着かない。いっこうに着かない。もはや八時だ。なぜだ。そう、われわれは道を間違っていたのである。肥後橋から、さらに遠ざかろうとするところであった。



結局引き返して、二十五分くらい歩いたところで梅田に戻った。その間、ずーっと雨にやられながら、靴をザブザブいわせながら歩いていたことは、非常にやっかいなことであった。



そして到着後、久しぶりにカラオケを一時間くらいたしなみ、ゴールインの写真を撮った。いつも通りなれている、人の多い場所でフラッシュをたいて写真を撮っても恥ずかしくない。これはきっと、高校のノリに、僕の心が帰っていたからであろう。



ところで、僕らは梅田付近を歩きながら、自分たちの青春の話をした。僕たちははっきり言って、都会っぽくない。いつまでも垢抜けない、田舎の子だ。大学一回生のときの合コンで、神戸出身の女の子ら五人に奈良育ちをネタにされた覚えがある。あげく「まだ、垢抜けないねー」とえらそうに言われた。ええ、そうとも、僕は都会っぽくない。



都会っぽいってなんだろう?いろんな要素があると思うのだが、やはり「都会っぽい」ってのは、何かある。高校が男子校だったからいけなかったのか。大学でサークルに入らなかったからいけないかったのか。近くに街がなく、街に出た思い出がないからいけなかったのか。原因は考えられるけど、わからない。



都会っぽくなりたかった。僕にとって都会っぽいってのは、普通の人生ってことだ。思えば、僕とバカ学はへんなことをたくさんした。忍者部とか、度重なる野宿、そして野犬。毎日が「普通」とはかけ離れていた。



普通に部活に入ったり、大学に入ってサークルに入る。街によく出て、店を知り、飲み会を重ね、先輩と仲良くする。後輩をたくさんつくり、適当に就職する。社会人になって、バーに行ったり、合コンしたり、ドライブしたり…それが都会っぽいような気がする。とても、心から憧れることだ。



バカ学は言った。「いや、俺の青春は間違ってなかったで」
ということは、俺の青春も間違ってなかったのだろうか。何か、とんでもない誤った青春を送ったような気がするのだが。



でも、僕はふと思い出した。「鉄拳チンミ」というマンガがある。主人公チンミのライバルはシーファン。シーファンはチンミの上をゆく。チンミは隠れてシーファンの練習を観察し、同じ練習を自分に課す。うまくいかないチンミ。しかし師匠のリキは言う。



チンミ「だめなんです…どんなにがんばってもシーファンにはおいつけないんです」
リキ「シーファンと同じことをしても、しょせんはものまね。シーファンをこえることはできないんだ」
「大切なのは、自分にあった練習法を見つけ、自分なりの拳法を作り出すことだよ」



これだ、と僕は思った。僕は今から都会育ちに追いつこうとしたって、それを超えることはできない。僕の持ち味をつかって、生きていかねば。バカ学はそれを自分は「ネタ」だという。ネタこそが彼の持ち味なのだと。



僕はなんだろう。よく考えた。僕の持ち味は…僕の持ち味は…今日をよく思い出せば…わかった!



僕の持ち味は、「行動力」と、「はじめて会う人に物怖じしないこと」だ。あったじゃないか、ちゃんとした武器が、心の中にあったじゃないか。今日行った、たこ焼き屋、ソフトクリームを買ったコンビニ、ゲーセン。僕はさっとはじめての人にしゃべりに行って、仲良く話すことができたじゃないか。そうだ、僕は都会人にならなくとも、自分の中に、大切なものがあった。



梅田へのゴール後、僕たちは環状線に乗って、奈良へ向かっていた。僕たちが席に座っていると、横でえらく酔っている女の子をささえているサークルの一団があった。



僕は「酔ってるの、きつそうやな。かわりに座らせてあげえや」と、自分の席を空けた。



「ありがとう」女の子はそっとその席に座らせてもらっていた。



ほら、立派に生きていけるじゃないか。僕は、普通の青春は過ごせなかった、そしてもう過ごすことはできないけれども、これから悪くない人生を送っていけるだろう。僕の青春はあれで、良かった。そうでしょう、バカ学くん。



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霧雨の中、足が棒になりながらも、梅田の灯火をつかまえた。
posted by 映画委員長 at 19:28| 奈良 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

イライラくるときゃ、理由がある

どうも、お久しぶりです。どうです、秋になりましたね。みなさんいかがお過ごしでしょうか?



で、どうですか、最近イライラくるときはないですか?僕はいつだってあります。ガマンしようと思ってるのに、思わず出てしまったりは悪い癖ですね。で、イライラしているあなたの深層心理についても、考えてみたくなったのです。



たとえばね、僕は誰かにアドバイスされるとイライラくるのです。特に歌の音程とか、車の技術であったりとか。好きに歌ってるんだから、別に指摘しなくてもいいじゃないかと感じたり、結局事故ってないのだからいいじゃないかと思う。



ところで両方に共通して僕が感じることは何か。それは…



「こいつ、アドバイスすることで俺に優越感もってんじゃないか」という思い。



でもね、よく考えたんです。なぜ相手が優越感を持っているように感じるのか。それについて、僕はよーくわかりました。僕自身、人にアドバイスするとき、優越感を感じているのかもしれません。



これに気づいたとき、僕は愕然としました。そうか、俺はそんなことを考えていたのか。しかも相手の善意のアドバイスについて、そんな邪推をしていたなんて…最悪な人間だ。でも、わかりませんよ。俺は感受性が高いほうなので、相手の深層心理はわかる方。ほんとに相手は優越感を感じているかもしれない。



でもね、思うんです。相手が優越感を感じていたとしても、それはそれでいいんじゃないかって。アドバイスが自分に有益であれば、それはそれでいいんじゃないかって。今日、そう思うようになりました。



今日のブログで言いたいことは、嫌いであったり、イライラきたりするときは、自分の深層心理に関係があるときも多くあるのじゃないかってことなんです。



他にも僕が気づいたこと。



僕はサークルを毛嫌いします。でも、ほんとは大学時代、サークルに入りたかったんだ。
僕は飲み会を嫌がります。でも、ほんとは飲み会をしたかったんだ。
僕はテニスやスノボサークルが嫌い。でも、ほんとはしてみたかったのだ。
僕はチャラチャラした女遊びが上手い人間が嫌い。でも、ほんとうはそんな人間になりたかったのだ。
僕はギャルが苦手。でも、ほんとはギャルにもててみたかったのだ。
花火大会を「混んでるのによく行くよ」と言いながら、ほんとうは行きたかったのだ。
勉強しているやつを「おもしろみがない」と感じながら、ほんとうは勉強したかったんだ。
コンビニやホールのバイトを「時給が安い」と言いながら、ほんとうはやってみたかった。
男女間に友情は存在しにくいといいながら、女友達がほしかった。
男前でスタイルのいい人間を「もやし」と揶揄しながら、ほんとはそう生まれたかった。
パソコンうまい人を「ヒッキー」的な意味合いでとらえたとしても、ほんとはパソコンに詳しくなりたかった。
法律を嫌いと言いながら、法律ができる人がかっこよくて仕方なかった。



俺は「普通」を嫌がるが、ほんとは普通の人生を欲していた。



全部全部、すっぱいぶどうだったのだ。



でも、今さら「うらやましい」とか言うのがくやしいから、「嫌い」って言ってる。そして、こっそりとやり残したことを拾っているのである。今、青春しているみなさん、君たちは幸運だ。俺は青春を、あまのじゃくのまま、終わらせてしまった。



そしてまた逆もしかりである。



俺はマージャンを「自分の得意分野」として引き合いにだす。しかし、マージャンなんて、ほんとうはどうでもいいものだと感じてたのだ。
俺はおしゃべりがちょっと上手。でも、男のしゃべりはみっともないこと、うすうす感じていたのだ。
俺は文章を引き合いに出す。しかし、自分の文章がうまくないことは心のどこかで、ずっと思い続けてきたのだ。



歌を注意されると腹がたつのは、昔、音痴だったから。
車の運転を注意されると腹が立つのは、車の運転に自信がないから。



イライラには全て原因がある。やり場所のないイライラなんてない。どこかで、そいつの原因をつかまえて、根元から断ち切ることを目指そう。



ただ一つ言っておこう。過去についてのイライラは一番の難敵です。過去はかわらない。かえることができない。今ある、何よりも、一番の敵だ。めぞん一刻で五代君も「過去は最強」みたいなことを言っていた。



過去についてのイライラはどうするのか。それは知らん。忘れるか、昇華するかしかない。それか、あきらめるしかない。



まあ、イライラするときは、素直に問題をみるようにしよう。僕はそう感じたのでした。ところで最近、長いことお世話になったのですが、もうそろそろさよならしようと思うことがあるのです。さよならしたら、報告しようと思います。
posted by 映画委員長 at 23:10| 奈良 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

なにかしようよ

夏が終わってしまった。大好きな夏が。



これからは極寒の死の季節。俺から大好きな夏を奪った秋とやら、恋人をかっさらった恋敵のように憎むべき季節だ。くそったれ。



夏は何をしただろう。俺は常に何かをしていたような気がする。だから、過ぎ去ったとしても、なんの後悔もない。ほんとに、いろんなことをした。たくさんのことをした。



ただ、それはけして「多忙」だとか、「落ち着きがない」だとかいう言葉で表現されるものではない。そんな弱弱しく、眉間にしわをよせる言葉ではなく、もっと輝くような言葉が花嫁のライスシャワーのようにお似合いだ。



過労ではなかった。スポーツを思い出してほしい。試合をやりきって、恍惚とするスポーツ選手は、落ち着きなく映るだろうか。多忙に思われるであろうか。いや、そんなことはない。もっともっと、次の自分を目指してすすむものではないだろうか。



その通り。僕は夏にたくさんのことをした。しかし、僕はまだまだしたいことがあるし、やるべきことがある。それを皮肉にも秋という季節に託す。憎むべき秋よ、不本意ではあるが、さらなる輝きの時間を僕に与えてくれ。



なにかしないといけない。今の青春をこのまま過ぎ去る水に溶かしてはいけない。僕はもっともっと何かをしないと。でないと、失われたあの日を取り戻せない。僕がもっともっと、もうちょっと若かった、あの日に置いた忘れ物を、僕は拾いに行かなければならない。



なにかしようよ。それはくだらないことだってかまわない。自分がそれで後悔しなかったり、また、過去にやり残したことを補完するものであれば、それはなんでもいい。



なにかしようよ。自分がやるべきことから目をそらすのではなく、自分のやるべきことだけを見続けるのではなく。



なにかしようじゃないか。いつまでも軟らかい心に、刻み込めるような何かを。戦いであったり、甘いひとときであったり、季節を感じたりするものであったり。いろんな形をとるものではあるけど。



なにかしようじゃないか。懐かしい誰かに会ったり、部屋でいつまでも寝続けたり、読みたかった本を本棚から引っ張り出したり、参考書を開いたり。
何をすればいいのだろうか。怠ければいいのか、頑張ればいいのか。なにかをするとはどういうことだろうか。



それは、一つ一つ、あなたのやっていることを逐一心に残していくことだ。いまやっていることを、するめいかを味わう舌のように、胸にしみこませていくことだ。いやーな気持ちになる仕事ってやつ、気分じゃないのに目を通すべき誰かの文章、背伸びしてまで挑戦してみる人間関係。それらは一見いやーなものだ。



しかし、心に溶かせば、それはいやーなことでも同じ。心に溶かしたものは、いつもきれいにキラキラとする「なにか」ってやつ。



いやーなことでもいいじゃない。あの日あの時、今の歳のあなたが確かにやっていたことなのだ。二十年、三十年がたったとき、疑ったとしても、まがいもない過去の真実であったことなのだ。今日、あなたは仕事をして、若いあなたはいやーなことを胸に刻みつけて生きてきたのだ。



それは「なにか」に他ならない。いまのどんなことも、やろうと思えばなんだって胸に刻める。僕はいつも思っている。迷ったり、間違ったり、曲げたりしたとき、だるいなと思ったり、思い通りにならないなと感じたとき、それは全て24歳だった僕が感じたことだと思って、なにかをする。



44歳の僕がうらやむであろう歳。54歳の僕ならもっとうらやむであろう歳。それが今、僕の手の中にある。だから、いやーなことも、とびっきりの瞬間だ。それはあなたも変わらない。28歳のあなたを、48歳のあなたはうらやむだろう。32歳のあなたを、52歳のあなたはうらやむだろう。



いやーな季節、秋。僕はその時期だって、もっともっと毎日をいい日にしたい。そのために、なにかしようじゃないか。そうすれば、たまに飲む麦茶も、くわえる煙草も、より深くおいしい味がするのではないか。



とりあえず、夏に対して、シーユーアゲイン。
posted by 映画委員長 at 00:09| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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